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すっかり酔いも、ナニな気分も、煉美のくしゃみ一発で笑いに変わってしまったが…
こんなのも悪くない。

2本目の缶ビールの蓋を空けて、一口こくりと飲る。


‥‥始めて出会った頃の煉美は…母親に似て、いつも寂しそうにしていた。

彼女が小学校に上がったばかりの頃だったと思う。鍵を無くして、部屋に入れなかったある雨の日、
寒さに彼女が震えていたのを、見るに耐えかね、部屋に入れてやったのが本当のきっかけだった。

それ以来「お兄ちゃん、おにいちゃん」…と、いつも僕を見かけると、やたらになついて来た。
兄弟のいない僕にとっても、妹が出来たようで嬉しかった。

『お兄ちゃん』… 自分が出来ない事、判らない事全ての答えを求められるような、その呼び名に、僕も甘んじて答えてしまっている。
もちろん、そんな風に僕の事をたよってくれる煉美の事は好きだ。

「…好き… なのか‥‥?」思わず口にしていた。

「おにいちゃん?」
「へ……?」
知らぬ間にフロから上がり、持参のバスタオルで頭を拭いている煉美が、僕の隣にいた。

「どうしたの…ボーッとして?」
「いや…… 何でもないよ…」
「ねえねえ! 『好き』って…もしかしたら煉美のことぉ?」
僕の左手をつかんで、ゆさゆさとゆすりながら瞳を輝かせる…

湯上がりの煉美は…頬が上気して…柔らかい髪がしっとりと湿り…
遊びを誘うのが上手な子犬のように僕の目を、まっすぐに見つめている。
思わず僕は、答えるかわりに…抱きしめたくなる。
 
「…‥それより煉美、明日の運動会ってナンのだ?学校のか?」
何とか自制心を保つ事が出来た。

「あれ?言ってなかったっけ? ねね、お兄ちゃん、明日はお仕事あるの?」
仕事…いわゆるバイトなんだが、今月は充分稼いだので2〜3日ブラブラするつもりだった。

「ん…いや、ないけど…」
「じゃあ…見にこない?運動会?」
「運動会ねぇ…」

実兄だとしても…10歳以上歳の離れた妹の運動会を観戦するのはヘンだ。…少し気が引ける。

「…ダメ?」
「う〜ん…まぁ… ちょっと覗きに行く位ならいいけどナ」
「ホントっ!来てくれるぅ!」
「ああ…ちょっとだけならね…」
まあ、散歩ついでに少し顔を出せばいいのだし…そう思い軽く返事をしておいた。

「やったぁ! じゃ…じゃぁ…‥もう寝るね! お兄ちゃん〜おやすみぃ!」
そう言い放つと隣の部屋に疾風のごとく消えていった。

全く‥…いつも煉美のペースに引き込まれてばかりなような気がするが…
可愛い妹の為だったら…少しのわがままくらい可愛いモンじゃないか…

缶ビールの残りを飲み干した。

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翌朝…

あまり普段から酒を飲み付けていないせいか、少し頭が重かった
だが、今日は休みだ。ゆっくりと眠っていられる。

眠り直そうとした所……
「おっはよ〜!!」
ノックの音もなく、玄関を開けるや否や、煉美の声が僕の脳天に
響く。
バタバタと居間を横切り、枕元まで飛んできた。

「起きたぁ!?お兄ちゃん?」

煉美は体操着にブルマにハチマキ…という、運動会いつでもOK
状態だが…

こっちは寝起きだ…機嫌も悪ければ二日酔いでもある。
思わず睨むような視線を浴びせてしまう…

「ねえねえ!…お兄ちゃんのぶんも、お弁当作ってきたの!
ホラ…これでしょ…あとねぇ…」


機嫌が悪そうにしている僕に気付き、煉美が黙りこむ……

「…お弁当…‥ いらなかった…‥?」

「…そうじゃないけど… ちょっと頭が痛いんだ…
眠らせてくれ」
「…‥・うん、、、」

寂しそうに答えると、煉美はとぼとぼと部屋から出ていった。
静かにドアが閉まる音を聞きながら、僕は再び浅い眠りに
ついた。



昼少し前に、僕の頭痛はようやく納まった。
寝起きの頭でぼ〜っとしながら、煙草に火をつける。

ふと枕元に、煉美が置いていった紙袋に目が付いた。

(少し悪かったかな…)

などと思いつつ中身を見る…

紙袋の中には弁当が2つあった…大きいのは僕用だろう…

もう一つは…
見覚えのある弁当箱だ。昔、僕が煉美に買ってやったものだ。

「……‥・」
すぐさま服を着替えると、紙袋を持って学校へと向かった。

学校のグラウンドに付いた時は、正午を少し回っていた。
あたりでは子供達が弁当を広げ始めている。何とか間に合ったようだ。
煉美のクラスの子を見つけて、彼女の居場所を聞いてみる。

「あ…煉美ちゃんだったらお昼の前に倒れて、保健室に行ったよ」

保健室の場所を聞いて駆け付けると、ベットに横たわっている煉美がいた。

「あのぉ…どちら様ですか?」
女校医が不審そうに僕に声をかける。
「あ…その…煉美の兄です。」
意外とさらりと言う事が出来た。

「…‥・おにいちゃん…‥?」
僕達に気が付いた煉美がベットの上から細い声をあげた。
「どうしたんだ?煉美?倒れたって聞いて… あ…‥それにホラ、弁当忘れてったままだったぞ…」
「うん…‥・ ごめんね…‥」

煉美は競技を待っている時に、立ち眩みを起こしたらしい。
大事をとって寝かせてあるが、特に心配はないそうだ。
「朝ご飯をちゃんと食べさせてくださいね。朝食を抜くと、女の子はよく貧血を起こしますから」
そんな事を女校医に言われてしまった。

午後になり、競技を再開するアナウンスが響いた。
グラウンドのほうに校医が戻ったので、僕達は二人きりだ。

「そうだ…お腹すいているだろ?煉美」
僕は持ってきた紙袋から弁当を取り出し、そこら辺にあったポットでお茶を入れる。

「一緒に食べるか?」
上半身を起こした煉美に問い掛けると、彼女はあたりを見回した後に、そっと僕に耳打ちした。

「ぁの…ネ? …いいかなぁ…‥・ お兄ちゃんが…食べさせて…」
「……‥‥‥・」
「よく病気の人にするでしょ…… ダメ?…」

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥’’

「はい’‥‥あ〜ん‥‥‥して。」
「あ〜ん☆」
差し出した箸の御飯を、美味しそうに煉美がたいらげる。

誰かにこんな光景を見られたら…… 窓を突き破って逃げ出したい心境だった。
しかし… まぁ…‥
煉美が朝食を食べないで倒れたのは、やはりこの弁当を僕の分まで作った為だったろうし‥‥
このくらい素直に甘えられると、悪い気はしない。

同じ箸で、僕は自分の分もつまみながら二人で食事を続けた。
「ごちそうさま…」
誰にも邪魔されず、無事にママゴトのような食事を済ませる事が出来た。
煉美は僕が煎れたお茶をすすっている。 随分顔色も良くなったようだ。

「お弁当‥… どうだった…‥お兄ちゃん? …煉美、頑張って作ってみたの…‥」
湯飲みを置くと、済まなそうに僕に聞く。

「ああ、とってもおいしかった。 ありがとな、煉美」
僕の恥ずかしさもあって、小さな頭をクシャクシャするように撫でる。
煉美は嬉しそうに僕の手に頭をまかせたまま、少しうつむく。

「そういえば…今朝はゴメンな、せっかく煉美が弁当作ってくれたのに何も言えないで…‥」
「……いいの‥… だってお兄ちゃん、ちゃんと来てくれたし‥‥‥」


「一緒にお弁当食べられたし……」
うつむいたままで、煉美が恥ずかしそうにつぶやく。

「すごい嬉しかったよ。 おにいちゃんが保健室に来てくれた時‥‥」
少し泣きそうな表情を上げると、僕の体にぎゅっと抱きついて来た。

「おいおい‥‥」

「ありがとう‥‥お兄ちゃん‥‥‥」
心地よさそうに僕の胸に顔をうずめる。

「おねがい…もう少し‥‥このまま……
 ……だっこさせて‥…」


しばらくじっとした後、僕の胸に独り言の
ように煉美がつぶやいた。

「ねえ…‥ こんなに甘えん坊な煉美って…
 お兄ちゃん‥‥キライ?」

「煉美は…‥お母さんの代わりにいっぱい
 頑張ってるからナ。
オレでよければ、いつだって甘えていいゾ」

頭を優しくなでてやる。

僕の返事にも、彼女はじっと顔を
胸につけたままだ。

「じゃあ…‥もっとお兄ちゃんの所に遊びに
 行っても怒らない?……
 煉美の事嫌いにならない?」


いつのまにか‥‥彼女は涙声になっている。

「嫌いになる訳ないじゃないか…‥」

そっと彼女の顔を上向かせると、
おでこにキスをした。

胸の中から、潤ませた瞳で僕を見る。


もう限界だ……今までハッキリとは言い現せなかった、煉美に対する熱い気持ちがこみあげてくる。
「だいすきだよ‥‥煉美の事……」

そっと彼女が瞳を閉じて、震える唇を僕に差し出す。

二人の唇が触れあいそうになった時‥…
「先生いる〜?」
ガタピシャする保健室のドアを開けて、女の子が保健室にイキナリ入って来た。

「煉美ちゃん、大丈夫〜?もうじきリレー始まるよぉ!」
どうやらクラスの子が心配して来てくれたようだ。

幸いベッド周りのカーテンは閉めてあったので僕達の事は見られなかったが……
二人とも心臓が飛び出しそうな思いだった。

何か答えようと思った瞬間……
「うんっ…! だっ‥…大丈夫、だいじょぶ…‥ すぐに行くから待ってて!」
煉美が、どもりながらも大きな声で答える。
返事に安心したのかは判らないが‥‥女の子は廊下の方に戻っていった。

「大丈夫なのか?煉美。 無理しないほうがいいぞ」
「うんっ! へーきへいきっ!」
さっきまでベッドで横になっていたのが嘘のように、ピョンとはね起き、腕をぐるぐる回しはじめた。

「何か、すご〜い元気になった気分! お兄ちゃんに元気を分けてもらったからかな?」

悪戯っぽく微笑むと、枕元にあったハチマキをきゅっと絞めた。
裸足の上に直にうわばきを履く。何か妙に煉美の足が色っぽく見えてしまう。

「調子悪くなったら、いつでも先生に言って休ませてもらえよ」
「うん! そうするね…‥」
「気をつけてナ……‥ あ、そうだ煉美」
「なぁに?」
「今日学校終わったらオレの部屋来いよ。弁当のお礼に晩御飯作って待ってるか‥…」

言い終わらないうちに、くるりとこちらを振り向くと、僕に向かって飛び込んできた。
小さな体にベッドにねじ伏せられる。
「ホントっ!! じゃ、煉美う〜んと頑張っちゃうからねっ‥…ちゅっ☆」
さっき僕がしたように、おでこにキスをすると、こちらを振り向きもせずグラウンドに駆けていった。

保健室から出ると、そのまま僕は小学校から帰ろうとした。
ふと‥‥校門あたりに見た事のある人影を見つける。
煉美の母親だ。
(なんだ、煉美のやつ…お母さん仕事で出かけて居ないとか言って…ちゃんと見に来てくれてるゾ)
などと思いながら、学校を出ようとする僕と視線が合う。

僕に気が付くと彼女は会釈をした。
が…‥すぐさま僕から逃げるように、姿を消してしまった。

そのまま帰りに、夕飯の買い物をしながら考えてみたが……
 煉美の母親の行動が不可解だった…
(まるで何か悪い事でもして、逃げ出したようだったけどなぁ…‥)
僕や煉美に会えない理由でもあるのだろうか。

思ったとうり、アパートに帰っても、隣室には誰もいなかった。
(‥…煉美にはこの事は話さないでおこう)
僕は晩飯の支度にとりかかった。

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「はぁ〜! ただいまぁ〜 おナカへったー!」
またもやノックもせずに煉美が僕の部屋に上がってきた。
居間と呼んでいる畳部屋のほうに、コタツ机を出しての夕飯だ。

丁度自作のコロッケを揚げ終わった所だった。
「ん〜、いいニオ〜い☆」
「コラ、つまみ食いしないっ!」
脇から伸びた手から、皿に盛ったコロッケを遠ざける。

「わぁ〜ぃ!やったあ! おっスシっ‥‥おっスシぃ〜!」
机の上に並べられた献立を見て、煉美がぴょんぴょん飛び跳ねる。

寿司といっても、トロでもウニでもイクラでもない。
煉美の大好物の、カンピョウ巻きだ。

「お前そのまんまの格好で帰って来たのかよ」
彼女は朝見た時と同じ、体操服のままだ。
「だってオナカすいてるんだも〜ん」
「‥…体のほうは何ともなかったのか?」
ハチマキを外しながら、人さし指をピッと立てる
「煉美かけっこで一番とったよっ!」
僕に向かって「にかっ」と笑う。すっかり元気をとりもどしてくれたようだ。

こうやって食事をするのが、煉美は嬉しくてたまらないらしい。
機関銃のように喋っては‥‥食べて‥…噛み終わらないうちにまた喋る。
そんな煉美がほほえましく思えてしまう。

一緒に笑い、食べ、しばらくした頃…‥
「ねぇ…お兄ちゃん…‥ビールっておいしいの?」
さっきからグラスに注がれる泡を、物欲しそうに見ていた煉美が話しかける。
「飲んでみるか?少しだけ?」
小さなグラスに半分くらい注いでやった。
「うぁ〜っ… にがぁ〜っ…‥」
臭いと味に顔をしかめた。
「これが大人の味ってモンよ」
これ見よがしに僕のグラスのピールを、旨そうに一息で飲んでやった。
「そうかな〜?」
煉美は、まだ諦めきれないように、残ったビールをちびちび舐めるように飲んでいた。

ようやく夕食が済み、机の上を片付ける。
まだ蓋を空けたビールが残っていたので、適当なツマミを持ってくると、TVを見ている煉美の隣に座った。
煉美の視線は画面に釘付けだ。
すっかり気の抜けたビールを、時折舐めるように、まだ飲んでいる。

「煉美、そんなになっちゃ美味しくないだろ?氷入れるか?」
微動だせずに、TVに見入っている煉美に語りかけると…‥
歯をむき出しにして僕に笑いかけた。
「にへへへへへ〜」
「あ〜、お前酔ってんだろ」

「んふふふ〜、酔ってなんかいない…‥ヨォ〜っ!」
ジャンプするように、僕の体に飛びかかってきた。
思わず押し倒されてしまう。
「コラっ…よっぱらって…煉美っ…‥」
「ん〜もう、大好き〜っ、チュっ!チュっ!」
頬を真っ赤にして僕の顔面に雨あられとキスをしてくる。

「おにいちゃ…んっ…だいすきぃ…‥チュっ‥…ちゅぅっ☆」
次第に煉美の吐息が熱くなり…じゃれつくような口づけも濃厚になる。

「はぁ…んっ……はぁ‥」
少し落ち着いた煉美が息を整える。

「ねぇ…おにぃちゃ〜ん…‥昨日のおフロの続きしよっ‥‥」
潤んだ瞳で僕の上でつぶやいた。
「だめぇ〜?」
再び酔いが回ってきた僕は、煉美にキスで答えた。



------ つづく ------


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